立善寺

 
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立善寺からのお知らせ

立善寺は、長興院日栄聖人が1616年に両国で始まり、1622年に下谷金杉に妙昌寺と名を号し、本堂を建立しました。
1955年、本堂が立ち、お寺も信者で賑わっていた最中、3代将軍 家光公の墓所である大猷院(たいゆういん)を作るための御林用地として、没収されてしまいました。
当時、日蓮宗と幕府では、不受不施派の影響が強くなっている時代であり、くしくも開基長興院日栄聖人は、不受不施派の玉造壇林(たまつくりだんりん)の2世であり、立善寺は、その影響を受け、代替地ももらえず、半世紀を長屋で過ごします。
1697年、当時の住職が、茂原 妙光寺日俊上人より、現在の谷中の土地をいただき、寺号を妙昌寺から立善寺に変更し、現在に至っています。

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元和3年(西暦1617年)

2代将軍徳川秀忠

長興院日栄聖人 字は文素と云う。玉作檀林(鹿島地方)の能化であったが、両国元矢倉へ房舎を構える。
元和8年(西暦1622年) 下谷金杉村に一宇建立。長興山妙昌寺。
寛永 2代目立善寺日寿聖人の代に長興山立善寺と寺名変更。
正保3年(西暦1646年)

3代将軍徳川家光

7月9日初代長興院日栄聖人 寂
明歴2年(西暦1656年)

4代将軍徳川家継

下谷金杉村の地は大猷院殿(徳川家光 法名)御佛殿
御林御用地に召上げられ、同所御切手町に移転。
貞享元年(西暦1684年)

5代将軍徳川綱吉

薬原妙高寺日俊上人所持の谷中三崎村の土地675坪を貰いうけ、寺を引移る伺いを申し立てたところ、貞享元年6月16日に伺いに対する許可の回答があった。
以上のとおり当寺は元和8年(西暦1622年)に下谷兼杉村に長興山妙昌寺として建立されてからも約360年の古い歴史があり、現在の場所に移転されてからも約300年を経過する寺である。
なお、当寺の由来を調査するにあたって国立国会図書館所蔵の地詩御調書上(文政9年西暦1826年)、国立公文書館所蔵の寺鑑集考(享保16年西暦1731年刊)及び江都寺社帳等により確認したものである。